「私とは何か」平野啓一郎 読書感想、引用・気付き

読書

「私とは何か」との出会い

「私とは何か」平野啓一郎さん 読書感想です。

「決壊」という作品で、この著者を知りました。

「決壊」がこれまで読んだの中で、一番衝撃を受けるストーリーで

大好きな作品になりました。

 

その平野啓一郎さんの本で、小説ではなく「分人主義」という考え方の本に

興味を惹かれ購入しました。

 

「分人」の説明です。

対人関係ごとに見せる自分を、分人と分けようという、考えかたです。

p.6より引用

会う人によって、違う自分になっている。

クラスメイトと会う時と、家族で会う時は違う自分。

個人をより細かい単位に分けた方が、生きやすくなるという考え方です。

 

著者は説明の必要も無いかも知れませんが、こちらの方です。

平野啓一郎

1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。

京都大学法学部卒。

1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。

平野啓一郎公式サイト様より引用

自分と同じ年代なので、親近感も湧いてます。

引用・気付き

みんなが盛り上げっている話題に、さほど共感していない自分に気がつくことがあった。

p.16より引用

著者が小学生の頃のお話でした。

自分も思い出してみると、友達が輪になって話している内容に

知らないことでも、知っているように振る舞い

話を振られたらどうしようと、その場を楽しめてない時があった。

 

これは私だけなのか、他の人もそうなのか?確かめたことはありませんが

仲間はずれにならないように、輪の一員になっていました。

 

その友達一人一人とは、仲が悪いわけじゃないのに

一緒にいても、自分だけオカシイのかな?と孤独を感じる事がありました。

 

この時のことを言っているんだと、やはり「私だけじゃない」と

激しく共感してしまいました(笑)

つまり、死にたい願望ではなく、生きたいという願望の表れではないのか。

p.59より引用

自傷行為の事を説明してます。

自分の嫌いな「分人」を、削除して生きやすくしようとする行為。

自分を傷つけることは「生きたい」という願望だった。

 

自傷行為と聞くと、痛いのと血が怖いなと想像してしまいます。

自分には無縁だと思いましたが、過去を思い出してみると

嫌な頃があったり、大きな失敗したときには

死んだほうが楽だろうか?と思うことはありました。

 

これは現実逃避をしたくて、そんな気持ちになったのだと思いますが

その先に自傷行為が、あったのかも知れないです。

 

その自傷行為が、前向きなモノだったと考えられる

「分人主義」の考え方に驚きました。

自傷行為と聞くと「怖い」と思ってしまいますが、前向きな人だと思うと応援したくなります。

 

八方美人とは、分人化の巧みな人ではない

むしろ、誰に対しても調子の良い態度で通じると、高をくくって

相手ごとに分人化しようとしない人である。

p.80より引用

「八方美人」と聞くと分人化の上手い人と、思ってしまいますが違ってました。

そんな人を見てて、どこかでイラッとしてました。

上手く立ち回れない自分に、イラッとしていたのかもと思いましたが

この引用を読んで、納得できます。

 

相手に合わせて、分人化出来てないから

「空気が読めない」コミニュケーションが、下手な人ということでした。

 

しかし八方美人の人は、周りの人から好かれたいと思い

分人化が上手く出来なくても、コミニュケーションを

上手く取ろうとした過程で、八方美人になってしまったのかも(笑)

そう思うと可愛そうな気がします。八方ブスよりもどれだけ可愛いか(笑)

 

丁寧に分人化をすることが、コミニュケーションの上手い人になるので

キッチリと分人化することが、丁寧な人付き合いが出来て、丁寧に生きられそうだと思います。

その分人こそを足場にとして、生きる道を考えるべきである。

p.94より引用

この分人の考え方で、自分も助かると思いました。

 

分人が自分の中に全く無かった場合。

嫌いな自分や、人から嫌われイジメられる自分になってしまったら

生きていくのが辛くなります。

 

それ以外にも好きな自分がいるはずで、自分は一つじゃないと思うと

生きる事が楽に感じられます。

 

嫌いな自分は、消してしまいたいけど

時間が経つと、笑って話せたり、共感をしてくれる人が現れると思う。

そうなると、悪い経験も良い経験も全て

貴重な経験になっていき、いじめられた事がある人は

他の人より他人に優しく出来たり、失敗ばかりの人は実は努力家だったり

人それぞれよりも、分人それぞれにも、良いところはあるはず。

なので、無駄な経験は何もないと思う。

 

良くも悪くも色々な分人で、色々な経験をした人のほうが

幅広く、中身の濃い人生を送れると思います。

愛とは、相手の存在が、あなた自身を愛させてくれることだ。

p.138より引用

分人主義から考えていくと、目に見えない愛の形が少し理解出来そう。

 

愛する人の分人がお互いに出来ると、その分人で長い時間いたいと思い

そのお蔭で自分を好きになれる。

 

自分を好きになれるのだから、より相手を愛し感謝するようになり

お互いの分人を更新し続けられ、更新したいから愛し続ける。

単純に相手の事を愛している、というよりも深いモノに感じます。

 

長い時間一緒にいると、考え方が似てきて

相手の色に染まるなんて言い方をするけど

その分人の構成比率が多くなり、選ぶ服、食べ物も似てくるんだと思う。

 

もう、愛する人との分人を生きられない事が悲しい。

p.148より引用

相手が死んでしまった時、その人との分人を更新することが

出来なくなり、自分の中で大きい比率だったとなると

まさに心に穴が空いたような、状態になってしまうのであろう。

 

私も離婚して、初めての一人暮らしをした時。

引っ越しが終わり、仲間も帰っていき

一人になった時に、強烈な孤独に襲われてました。

そしていつもこの時間なら、息子と話してる、犬と遊んでるなと考えてました。

 

それまで、家族に囲まれそれぞれの分人が存在して

その分人に、簡単になれない、更新が出来ない事が

そこで、初めてわかったのだと思います。

 

その時に、分人思想を持っていれば、俯瞰で自分を見れて

愛する家族がいない事と、その分人に簡単になれない事が分かり

冷静に上手く悲しめたと思う。

そのあなたとの分人が、新しい分人の生き方に影響を及ぼすだろう。

p.153より引用

分人の考え方が、何か寂しいもに感じていました。

それは、その人との関係が終わると、更新されない分人はやがて

小さくなり無くなると、思っていたからでした。

 

その人との分人は、小さくなるかもしれないが、完全に無くならなくて

亡くなった相手だとしたら、その人の命日やふとした時に思い出したりして

その時にその分人が、ちゃんと登場するのだと思います。

 

その人の中の分人構成比率は、小さくなるかも知れませんが

一生無くなる事はないと思います。

単位を小さくすることによって、きめ細やかな繋がりを発見させる思想である。

p.164より引用

個人よりも細い「分人」単位になると、お互いの分人同士で

嬉しいこと、悲しいことを共感しやすくなり、新たな自分も発見する事が出来る。

 

最近Twitterで毎朝のように、挨拶をするようになって

コメントを貰えるようになり、色々な人と繋がりが出来つつあると思う。

 

そして、嬉しい事、悲しい事のツイートを見ると

こちらも嬉しくなり、「おめでとう」とコメントしたり

落ち込んでるツイートを見ると「大丈夫?」と励ましたくなる。

 

顔も見たこと無い、「フォロー」という繋がりだけど

感情を共感することが出来て、リアルな友人よりも気軽にコミニュケーション出来る。

顔を見てなくても、向こう側の人を思いそれぞれ分人化が出来ていると思う。

 

リアルな友人は、最近では年に一回の年賀状か

たまに来る電話で、情報交換をするぐらいの付き合いになっている。

住む場所も遠く離れてしまい、何もなければ会うことも簡単では無くなってしまった。

 

しかし、たまに来る連絡を受けたときや

その友人のことを考えたとき、彼らとの分人は自分の中の奥の方に

存在していていて、顔を出してくれる。

それと同時に懐かしい記憶が、蘇り温かい気持ちになれる。

 

顔の見えない相手でも、しばらく会っていない友人でも

それぞれの分人はあると思う。

数多くの人と知り合い、それぞれの分人を作ることで

より大きな自分になり、自己成長もさせてもらえると思える。

 

人との出会いは、貴重で大切にしたいモノだと思いました。

まとめ・感想

少し難しい部分もありましたが、著者のファンとしては

小学校時代や、学生の頃の話が読めたのは嬉しく思えます。

そして、小説じゃない「考え方」の本でより、著者を知れます。

 

これまで「分人」という考え方を持って、生きて来た訳じゃありませんが

「接する人に依って違う自分って?」と思ったり

「本当の自分は何か?」を考えたりもしました。

 

この本で明確な答えは出ませんが、少し解明に向かった気がします。

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