離婚ショック回復術

お袋を泣かせてしまった。

変わったストーカー
結婚を決意する。

婿養子問題と、ダイヤモンド問題(笑) と色々あったけど

着々と結婚に向けて進めていく。

周りの友達も結婚していき、焦りもあったのだろう。

 

若い馬鹿なペラペラな自分は、思いつくまま行動で

何も考えずお袋に報告。

「俺、婿養子になるから、もうすぐ出ていくね」

「・・・・」

お袋を見たら、泣いていた。

 

思ってもいなかった反応で、驚いてしまい

何も言えず、そのまま立ち去ってしまった。

 

いつも、元気で強い母親を初めて泣かせてしまった。

初めて気がついた、親の気持ち。

 

自分が出ていくのは、悪いことなのか?

そして父親は何も言わなかった。

後日、聞くと父親は自由にしてやりたい

と思っていたらしい。

 

今、思い出してみると父親以外に

親しくさせてもらっていた、友達のお父さんからも

「引っ越して仕事はどうするんだ?」と聞かれ

何も答えられなかった。

それも心配して、言ってくれてたんだと分かるのに数年掛かった。

 

後日、顔合わせで食事会を開いたが

父親しか来なくて、母親は来てくれなかった。

その時ですら、用事があったのかな?位にしか考えてなかった。

ほんとペラペラな馬鹿な@aggaikaiです。

 

馬鹿なカメラマン

結婚式はフリーターから設計の会社に入り約一年になった頃。

お互いの実家の中間の場所で結婚式を行った。

 

結婚式から披露宴まで無事に終了。

披露宴で父親が踊りながら、東北の方言丸出しで喋り

一番盛り上げてくれ有名人になってた(笑)

 

二回目の披露宴は、田舎の親戚、近所の方々への

お披露目会で淡々と食事をしているだけの会だった。

一応、ビデオ撮影を依頼していたが

一回目の披露宴の動画を流してて、その動画を撮影してた。

 

つまり、同じ披露宴の画像が悪い動画が出来上がった(笑)

馬鹿なカメラマンだ!

※写真はイメージです(笑)

 

無事に結婚式も終わり、引っ越しも完了した。

母親が初めて家に、来てくれたのは息子が生まれてからだろうか。

 

少しでも親孝行が出来た気がしたけど、あの涙は忘れられないなー。

もっと親孝行したいと、思ったけどこの後離婚もするという

心配させてばかりになってしまう。。。情けない(笑)

 

そして仕事も辞めていたので、またフリーターとなっていた(笑)

まずは就職活動から始めねば!という頃でした。

 

ABOUT ME
アガイ
20代に婿養子になり、息子が出来てから離婚を致しました。 離婚ショックから回復した時の経験を書き 過去の私と同じ様に辛い思いをしている人を 少しでも楽にしたいです。