日記

離婚しようと言われた時。

「離婚しよう」と泣きながら言われた。

第一に息子の事そして親の顔、家の事、色々な考えが

一瞬にして頭の中をグルグルにした。

 

全然予想していなかった言葉に何も反応出来なかった。

10年以上連れ添ったが、運命の人では無かった様だ。

しかし、息子の事もあるし

心を入れ替えるから、もう少し考えてほしいと

説得してなんとか収めてもらえた。

 

説得している間は、何時間にも感じられ

苦しく長い時間だった。

その後、また同じ事を言われないよう

頑張るしか無かった。

 

それから、一年位経った頃に元妻が

ある怪我で手術をして、入院してしまった。

1ヶ月半位の期間だったが、頑張るチャンスと思い

毎日の様来る買い物リスト(笑)を見て買い物をして

見舞いに行き、帰ってから息子のご飯を作り

洗濯も掃除もして、自分なりに頑張った。

 

しかし退院してきた夜に、また同じ台詞を言われた。

「離婚しよう」

言い放ち、泣き崩れる元妻。

このセリフを言われないように

一年近く、頑張って来て気を張っていたが

そのピーンと張っていた糸が切れた。

 

一年前の様に、説得する気も無くなり

また頑張ることも無理だった。

 

そして、これまでの元妻との関係

親戚からの不遇、義母の事など

頭の中に、嫌だと思っていた事ばかりが浮かんでくる。

息子の事が心配で、それだけが気掛かりだったが

もう、離婚する事以外考えられなかった。

光の射す方へ

婿養子なので離婚すれば、家を出ていく事になるが

家を出ていき、一人で暮らす事を考えると

頭上から光が差し、今までモヤモヤしていた

自分の進む方向が、晴れ晴れとして照らしているように思えた。

これだ!自分の中で決定出来た。

 

この感覚は、上手く説明できないけど

今まで1~2回、こういう感覚になったことがある。

 

はっきりと覚えているのは

中学時代のバレンタインデーに、太ったヤンキーから

自宅にまで渡しに来てもらい、受け取ったチョコレート。

まさかと思い「どうしよう」と独り言を言っていた(笑)

そして、女性が苦手になり

高校への進学で、普通科の高校か工業高校か迷っていた

私は、工業高校に進むこと決めた。

 

この時も、光が射した(笑)

結果、女性に慣れないという事で間違だったと

思って来たが(笑)、今思えば工業高校で

友達に沢山会えたから

間違って無かったと思う。

離婚を決めてから

季節は秋で、自分の誕生日の一週間前の出来事(笑)

自分の大好きな季節に、こんな辛いことが起こるなんて。

どんな誕生日だよ(笑)

 

出ていくまでは、同じ屋根の下で暮らす事になる。

すごく長く感じるが、出ていくことを決めたら

スイスイと引越し先が決まり、契約も出来た。

 

家が決まれば、引っ越し。

夜、車に荷物を積み込み

朝会社に行き、帰りに荷物を降ろして

家に戻る。これを3~4回繰り返し

ほとんどの荷物を運び込んだ。

大きな家電は、会社の同僚が安く譲ってくれた。

それを運ぶのも、仲間が集まってくれて

すぐに引っ越しが完了した。

 

こういう辛い時に、集まって

助けてくれる、仲間がいた事に

本当に感謝、ありがとうございます。

一生、頭が上がらないです。

 

家を出る時に、最後に息子と抱き合って

車に乗り込んだ。

 

運転しながら、本当にすまない。本当にすまない。

ずっとつぶやいていた。

一生、忘れられない光景です。

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アガイ
20代に婿養子になり、息子が出来てから離婚を致しました。 離婚ショックから回復した時の経験を書き 過去の私と同じ様に辛い思いをしている人を 少しでも楽にしたいです。