離婚と言われてから

《体験談》「離婚したい」と言われ、離婚届けを見せられる。離婚①

私アガイは、20代で晴れて結婚して、婿養子になりました。

すぐに息子が誕生してくれて、幸せな結婚生活でしたが

10数年後に「離婚しよう」と言われます。その時の状況をブログに書いていきます。

 

離婚直後の孤独と不安、そして慣れない一人暮らしに身心ともに辛い日々でした。

自殺をも考えてましたが、一冊の本に救われて今が有ります。

 

離婚当時の辛かった状況から、人並みに生活出来るまでの復活する過程を書き

離婚ショックから回復する手助けに、又は離婚を回避する事に繋がったら

嬉しく思います。宜しくおねがいします。

初めて「離婚しよう」と言われた夜

私が初めて「離婚しようと」言われたのは、数年前の夜。

当時妻が病気を患い入院してしまい、約一ヶ月後無事に退院してきた日の夜だった。

 

それまで、多少の喧嘩はあったものの、離婚にまで発展するような事件は無かった。

平穏な結婚生活を送っていた。

 

 

結婚当時の私は、何も考えていないバカな男で

妻に甘え、楽に生きることしか考えていなかった。

 

婿養子になるために、働いていた会社を辞めて

引っ越して来てから、同じ内容の仕事が見つけられなく

別の分野の仕事をやろうと入社して、数ヶ月で辞めることを繰り返していた。

私の職歴を思い返すと、実は10社以上の転職の経歴がある(笑)

 

実家暮らしをしていて、親元からそのまま婿養子だったので、一人暮らしの経験も無く

結婚しても、生活の仕方が分からないままだった。

掃除も洗濯も見たことがあるくらいで、なるべくやりたくないと思っていた。

 

結婚してから10数年、そんな私への不満が蓄積されていたのだと思います。

 

そして入院していた時、これから手術という大事な時に「大丈夫、頑張って!」とか

「ここで待ってるからね!」なんて気の聞いた言葉も言えず手を振るだけだった。

本当に馬鹿な自分だった。

 

それを思い出すと、離婚を言われたというよりも

言わせてしまったのだと、今になってわかる。反省しております。

 

入院している一ヶ月の間に、時間がたっぷりとあるので将来の事から私の事も

色々と考え出した結果の「離婚しよう」だった。


離婚しようと言われた時の心境

今思えば退院してきた妻は、何処かいつもと違っていた。

毎週休みの日になると、息子の予定が無ければ二人でお見舞いに行っていたが

最後に行ったお見舞いの後に、LINEが来て

「もうすぐ退院だから、もう来なくて大丈夫」と言われていた。

 

退院日当日は、朝から息子と二人で迎えに行き寄り道をしながら、家に帰って来た。

その後、久しぶり3人揃って家での晩御飯となった。

簡単な食事だったが、3人揃って会話も盛り上がり楽しい食事だった。

 

食事が終わり、息子が自分の部屋に戻ってから

妻がだまり、目には涙を貯め「離婚しよう」と言われ離婚届をテーブルに置かれた。

 

全く予想していない言葉に、頭が真っ白になり私も黙ってしまった。

 

さっきまで楽しい食事だったのが一転、急な展開について行けない恥ずかしさや

驚き、悲しみ、戸惑い、、、、色々な感情が出てきて良くわからない気持ちだった。

 

 

あまり記憶が無いが、妻がワインを飲みながら、チーズをフォークでずっと

チョンチョン突いていた事と、飼っていた犬がそばに座り、私の顔を食い入るように

見つめていたことが記憶に残っている。

本当に真っ白になっていて記憶が曖昧だが(笑)

 

やっと少し考えられるようになり

冗談だよな?でも泣きながら言われたな?と考えながら

「離婚しよう」という言葉を、否定しなきゃイケナイ!と思っていた。

 

一番に息子のことが浮かび「高校受験はもうすぐなのに?」と思ったり

息子が小さかった頃に、一緒に3人で遊んだ記憶が出てきたり

色々な思い出や、それがもう出来なるのか?という考えがグルグルと頭の中を回る。

 

とにかく自分の気持ちを言わないと!焦りながら「離婚をしたくないと」と言い

息子のことやこれからの事を話し、一先ず、その場で離婚するということを阻止できた。

離婚率を調べてみる

それまで「離婚」というモノが、自分に関係無いと思って生きてました。

 

婿養子という事は、家の跡継ぎが必要で、その息子も誕生したし

家も有るし順風満帆で、このまま息子が大きくなって家を継いで行くのだろうと

ぼんやり考えてました。

 

しかし「離婚しよう」という言葉で、それまでの生活から

一気に奈落の底に落とされた気分です。

 

「離婚しよう」と言われてショックでしたが、何か調べないと!と思い

検索などをして離婚について調べはじめます。

何も出来ませんでしたが、「離婚」を理解しようとしてました。

 

まずは離婚率。高くなっているとは聞いているが実際はどのくらいなのだろう?

厚生労働省「平成30(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況

平成30年で離婚件数が約20万件。平成14年の約29万からは減りましたが

まだ20万件ということは、毎年40万人の人が離婚をしています。

 

これを調べるまで、全然仲間がいないと思っていたので驚きでした。

毎年40万人の仲間がいると思うと少し勇気が湧いてきます(笑)

 

最近の離婚件数は低下してますが、原因として次のグラフを見ると

人口減少がその原因の一つのなっている事がわかります。

婚姻件数が約60万件、離婚件数が約20万件。

この数字から「3組に1組は離婚する」と言われていることが分かります。

 

一先ず阻止した離婚、自分も1/3じゃなく、2/3の人になりたいので

頑張るしか無いです。

もう二度「離婚しよう」など言われない様に、心を入れ替え

家事も手伝い、息子ともよく遊び、お義母さん等にも愛想を良くして過ごしました。

 

しかし、その一年後にまたしても聞きたくないセリフを耳にします。


まとめ 反省と希望

せっかく貰ったチャンスを活かそうと、約一年間頑張って来ましたが

その頃に、また同じ言葉を言われます。「離婚しよう」。

ちょうど自分の誕生日の前日で、忘れることの無いタイミングで

二度目の「離婚しよう」を言われてました(笑)

 

泣き崩れる妻を見ながら、約一年間頑張りが足りなく

妻の気持ちを、何も変化させることが出来なかったんだと理解しました。

 

離婚も結婚も一人では出来ません、二人で揃って出来るものです。

そして離婚はプロポーズとは逆に、別れを告げる言葉が必要です。

 

プロポーズは私がしましたが、別れの言葉は言われてしまいました。

「告げられる方」になりました。

 

告げる方は、前々から考えていて心も体も離婚に向けて準備が出来て来ます。

告げられる方は、その時初めて考え始めるので、頭が真っ白になり

まるで交通事故にでも合ったような衝撃です。

告げられてから初めて「離婚」を考えます。

 

もうその時点で、二人の間の考え方も心も体も、何もかもズレが生じてます。

このズレがあるので、ここで何を言っても相手の心に刺さり

考えを覆すような言葉は生まれません。

 

私も一年間、頑張ってきた糸がプツンと切れて、力が抜けて

穴の空いた風船のように萎んでいくのがわかりました。

 

そこで初めて離婚した場合を考え、先が見えてきます。

お義母さんや親戚との関係、その他我慢していた事が嫌になってきて

離婚をしてその嫌なことから、離れられると思うと

頭の後ろから光が差し、目の前の遠くまで照らされて導かれ、離婚に進むことが

100%正しい事だと言われている気がしました。

 

今思えば「離婚して成長しなさい」と神様なのか先祖様なのかわかりませんが

私の人生を心配して、教えてくれている温かい特別な力を感じました。

 

 

その日以降、婿養子だった私は家を出るために賃貸を探し初めます。

そして約一ヶ月後に、家を出ることになります。

 

それまでの一ヶ月は、同じ屋根の下で

以前と変わらないが静かな生活を、息子と三人で取り繕っていました。

体はそこにあっても、心はどこか遠くにある感覚。

 

日が増すごとに、胃が痛くなって食欲も無くなってきます。

毎日が辛く、泣きそうな日々でした。

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Kindle出版をいたしました。私が書いた本です。

読んでいただき、共感したり少しでも気持ちが楽になってもらえれば嬉しい限りです。

宜しくおねがいします。

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アガイ
20代に婿養子になり、息子が出来てから離婚を致しました。 離婚ショックから回復した時の経験を書き 過去の私と同じ様に辛い思いをしている人を 少しでも楽にしたいです。