離婚と言われてから

《体験談》妻から「離婚したい」と離婚届けを渡される。

暗闇の中一筋の光に咲く花

離婚した時の話です。婿養子として結婚して、すぐに息子が誕生してくれて幸せな結婚生活でしたが、約10数年後に「離婚しよう」と言われます。その時の状況を書きました。

 

離婚して精神的なショックがありましたが、なんとか回復することができました。同じ様な状況の方に少しでも参考になり、離婚を回避できたり辛さを和らげられたらと思います。

「離婚しよう」と言われた夜

離婚届

私が「離婚しようと」言われたのは、約10数年前の夜でした。当時、元妻が病気を患い入院してしまい、約一ヶ月後に無事退院してきた日の夜でした。

その日までの結婚生活を思い出すと、大きな喧嘩も無く平穏な日々でした(笑)

ただその時の私は、何も考えていないバカな男で、元妻に甘えてどうしたら楽に生きれるか?しか考えていなかったと思います。

 

20代の時に婿養子になるために、働いていた会社を辞めて引っ越してきますが、それまでやっていた設計の仕事探しても見つからず、妥協して他の仕事を試みて何社か入社しますが、やはり妥協は良くないですね、数ヶ月で退職することを繰り返してました。

私の職歴を思い返すと、10社以上の転職の経歴があります。

 

それまで実家暮らしをしていて、親元から離れて婿養子だったので、一人暮らしの経験も無く結婚しても「生活の仕方」が分からないままだった。掃除も洗濯も見たことがあるくらいで、なるべくやりたくないと思っていた。

結婚してから10数年、不満が蓄積されていたのだと思います。

 

後から聞くと決定的だったのは、入院してこれから手術という大事な時に「大丈夫、頑張って!」とか「待ってるからね!」なんて普通の言葉も言えず「俺は何してよう?」と、自分の事しか考えていない発言だったそうです。本当に馬鹿な私です(笑)

 

それを思い出すと「離婚を言われた!」というよりも、言わせるようなことばかりしていたんだと、やっと今になって分かります。遅いですが反省しております。

 

そんな心無い言葉を受けて手術をして、入院している一ヶ月の間たっぷり時間を使って、考え出した結果の「離婚しよう」だったのだと思います。



言われた時の状況

割れたハート型のチョコ

退院してきた元妻は、何処かいつもと違っていました。久々の家で嬉しいのかと思ってました。

退院日当日は朝から息子と二人で迎えに行き、久々の買い物などを楽しみながら寄り道をして家に帰ってきました。

夜になると、久しぶり3人揃って家でご飯となり、会話も盛り上がり楽しい食事でした。退院してすぐに料理も作ってくれていた。

食事が終わり、息子が自分の部屋に戻り2人になると、元妻が意を決した表情で「離婚しよう」と言いながら、離婚届をテーブルに出してきました。

 

全く予想していなかった言葉に、頭が真っ白になり私も暫く黙ってしまいました。さっきまで楽しい食事だったのが一転、急な展開に動揺しかありません。

驚き、悲しみ、戸惑い、、、、色々な感情が出てきて良くわからない気持ちでした。

 

その空白の時間はあまり記憶が無いが、元妻がワインを飲みながら震える手でチーズをフォークでずっとチョンチョン突いていた事と、飼っていた犬がそばに座り私の顔を食い入るように見つめていたことが記憶に残っている。

 

どのくらい時間が経ったかも覚えて無いが、やっと少し考えられるようになり、冗談だよな?でも泣きながら言われたな?と考えながらまずは断ろうと思いました。

「離婚=良くないこと」と単純な思考が咄嗟に浮かび、次には息子のことが浮かび「高校受験はもうすぐなのに?」と思ったり、小さかった頃に一緒に3人で遊んだ記憶が出てきて、それがもう出来なくなるんだと思ったりと混乱してました。

とにかく自分の気持ちを言わないと!焦りながら「離婚をしたくないと」と言い息子のことやこれからの事を話し、一先ず、その場で離婚するということを回避できました。

離婚率を調べてみる

自分の人生には「離婚」は無関係だと思ってました。

婿養子で結婚して、後継ぎである息子も誕生したし、大きな家もあるし。これで息子がすくすく育ち家を継いでいくのだろうと、なんとなく考えてました。

しかし「離婚しよう」という言葉で、それまでの生活から一気に夢から覚めた気分でした。

 

「離婚しよう」と言われてショックでしたが、何か調べないと!と思い検索などをして離婚について調べはじめます。「離婚」とはなんだろう?と思い理解しようとしてました。

離婚率

その時調べたのは離婚率。高くなっているとは聞いているが実際はどのくらいなのだろう?

離婚件数を表示したグラフ

厚生労働省「平成30(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況

平成30年で離婚件数が約20万件。ピークである平成14年の約29万件からは減りましたがまだ20万件ということは、毎年40万人の人が離婚をしていることになります。

 

離婚者が増えているとは聞いてましたが、実際に調べてみると思ったよりも多く、毎年40万人の仲間が出来ると思うとちょっと勇気が湧きます(笑)

離婚の原因

最近の離婚件数は低下してますが、次のグラフを見ると人口減少がその原因の一つのなっている事がわかります。

人工動態総覧のグラフ

婚姻件数が約60万件、離婚件数が約20万件。この数字から「3組に1組は離婚する」と言われていることが分かります。

 

自分もなんとか回避できたので、1/3の離婚組にならなくて済んだと思い、もう二度と「離婚しよう」など言われない様に、家事も手伝い、息子ともよく遊び、お義母さん等にも愛想を良くして、気持ちを入れ替えて過ごしました。

 

しかし、その一年後にまたしても言われてしまいます。


まとめ 反省と希望

紺色の布地に置かれた指輪

せっかく貰ったチャンスを活かそうと、約一年間心を入れ替え頑張りました。しかしもう手遅れだった様です。

「離婚しよう」と言われてから、一年とちょっと経過していてちょうど自分の誕生日の前日という忘れることが出来そうにない無いタイミングで二度目の「離婚しよう」を言われてしまいます(笑)

泣き崩れる元妻を見ながら、自分の頑張りが足りず元妻の気持ちを何も変化させることが出来なかったんだと理解しました。

気持ちの違い

離婚も結婚も一人では出来ません、二人で揃って出来るものです。そして離婚はプロポーズとは逆に、別れを告げる言葉が必要です。

 

プロポーズは私がしましたが、別れの言葉は言われてしまいました。つまり「告げられる方」になりました。

告げる方は、前々から考えていて心も体も離婚に向けて準備が出来て来ます。しかし、告げられる方はその時初めて考え始めるので、頭が真っ白になりまるで交通事故にでも合ったような衝撃です。告げられてから初めて「離婚」を考えます。

 

もうその時点で、二人の間の考え方も心も体も、何もかもズレが生じてます。このズレがあるので、ここで何を言っても相手の心に刺さり考えを覆すような言葉は生まれません。

私も一年間、頑張ってきた糸がプツンと切れて、頑張るという気持ちが穴の空いた風船のように萎んでいくのがわかりました。

決断して先へ

またしてもどうにか回避することができないか?と一瞬思いましたが、今度は少しネガティブな事を考えてました。

お義母さんや親戚との関係、その他我慢していた事が色々あり、離婚すれば我慢もしなくて済む、嫌なことから離れられる!と思うと、頭上から光が差し遠くまで照らされて、離婚に進むことが100%正しい事だと言われている気がしました。

「離婚して成長しなさい」と神様なのか先祖様なのかわかりませんが、私を助けて教えてくれている温かい特別な力を感じました。

 

その日以降、婿養子だった私は家を出るために賃貸を探し初めます。そして約一ヶ月後に、家を出ることになります。

それまでの一ヶ月は、同じ屋根の下で以前と変わらないが静かな生活を、息子と三人で取り繕っていました。体はそこにあっても、心はどこか遠くにある感覚。

日が増すごとに、胃が痛くなって食欲も無くなってきます。毎日が辛く、泣きそうな日々でした。早く家を出ねば!



ABOUT ME
アガイ
20代に婿養子になり、息子が出来てから離婚を致しました。 離婚ショックから回復した時の経験を書き 過去の私と同じ様に辛い思いをしている人を 少しでも楽にしたいです。